庄司屋について

庄司屋当店は慶応年間、山形城三の丸吹張口の堀端にそば茶屋として創業した、山形では一番の老舗です。先祖伝来の手打ちそばに徹し、その手法を現代に伝えており、腰の強さが特徴です。そばは、「そば粉十割」に「つなぎ一割」の『といちそば』。その青味を帯びた香りと甘味が喜ばれています。さらに、汁の取り方も時代とともに進化を遂げながら、創業以来の伝統を守り、化学調味料、保存料等を一切使用せず、吟味いたしております。季節感あふれる、食材王国山形を存分に味わっていただきたい、また、食材から体に良い物を供したいという信念のもと、今後とも皆様のお口に叶います様一層の精進と努力を重ねますので末長くお引き立てお願い申し上げます。

歴史

当店は慶応年間に山形城三の丸にそば茶屋として創業いたしました。山形では一番の老舗です。江戸末期には、大いに繁昌し、三の丸吹き張り口の堀端に三層楼を構え、当時の要人が来店しておりました。

明治の初期、創業者庄司彦吉の時代には、初代山形県令「三島通庸」が庄司屋のそばを大いに気に入り、当時としてはハイカラなワイン「香餐葡萄酒」等を召し上がりながらそばを食したとの事です。また、ボランティア活動を活発に行い、人々の人望を集めたと言われ、又、身体堅固でそば打ちの名人だったようです。二代目の庄司彦次郎は、日露戦争で武勲を立て、金鵄勲章授与されたほどの勇猛果敢な男でした。青森県の南郷村より玄そばを貨車で買い付け始めたことからも事業家としての顔も持ち合わせていました。三代目の庄司彦右ェ門の時代には太平洋戦争が勃発。彦右ェ門は出征し一時休業を余儀なくされます。戦後もそば粉や小麦粉なども手に入らず、10年間の休業を経て昭和30年にようやく営業を再開し、今日に至ります。現在は四代目の指導を仰ぎながら、五代目が現場を切り盛りしています。

江戸時代から明治、大正、昭和、平成と時代とともに幾多の困難を乗り越えてまいりました。すべての時代において共通の理念、「お客様のおいしい笑顔」を目指し、これからも精進して参ります。

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